平成25年度独立行政法人福祉医療機構 社会福祉振興助成事業B型事業所のディーセント・ワーク研修事業ガイドラインの公開・事業報告

背景

国際的な潮流をみても障害者の「社会参加」と「自立」が謳われ、我が国でもそれらを目標に制度や施策が進められている。特に障害者の「就労」は重要視され、様々な計画が実施されてきた。もちろん、就労継続支援事業所も例外ではなく、工賃向上を目標に、「工賃倍増5か年計画」が実行されてきた。しかし、その成果は月に数百円程度の増加であり、工賃を向上させることが非常に困難であるということがわかった。現在は3年間の「工賃向上計画」が実施されているところである。
昨年度、福祉医療機構「社会福祉振興助成事業」の助成をいただき、「就労継続支援従事者(管理者・職員)研修」を実施した。その一環として行った、就労継続支援B型事業所(以下、B型事業所とする)の管理者・職員(各1000名)を対象とした、障害者が働くことやB型事業所の工賃等について意識調査(回収率55.8%)の結果をもとに、研修(全3回)ではB型事業所が目指すべきところを「ディーセント・ワーク(「働きがいのある人間らしい仕事」と訳される)」であるとし、ガイドラインを作成した。効果測定では、毎回8割以上が「満足する」、3回の研修前後では、B型事業所のあり方や工賃の考え方について63.3%が「意識の変化があった」との回答があり、大きな成果をあげることができたと考えられる。つまり、従事者に対して、B型事業所が目指すべき事業所運営や就労支援の方向性等をしっかり示し、それについて従事者の納得があれば、意識が変わる可能性は非常に高いということが考えられる。
しかしながら、前回の事業では「ディーセント・ワーク」を目指すために、B型事業所の施設長や職員がどのようにマネジメントや支援等をすればよいのかという現場に即した具体的な指標を提示するまでには至らなかった。ディーセント・ワークに向けたガイドラインやワークブック等があれば、従事者の意識がさらに変化し、支援現場においてより効果的に就労支援が行うことが可能ではないだろうか。

本事業の目的

事業の内容

本事業は、有識者、障害者福祉の専門職、福祉コンサルタントで構成された委員会を全4回開催し、実施内容を詳細に検討しながら進めていった。
まず、文献や資料を参考にし、B型事業所のディーセント・ワークについて、委員会で協議を行った。その後、B型事業所がどのような就労支援サービスを提供しているのか、また、目標とする支援方法、障がい者の理想的な働き方等を明らかにするために、B型事業所の所長(1000名)を対象としたアンケート調査を実施。加えて、その事業所のサービスを利用する利用者の家族(2000名)を対象として、サービスの満足度や自立の考え方等のアンケート調査を実施した。

調査結果はこちら

委員会での検討内容、文献研究、調査結果等をもとに、B型事業所のディーセント・ワークを提示し、B型事業所の運営やマネジメント、具体的な支援方法等を学べる研修を実施し(東京と大阪会場)、ディーセント・ワークの考えやそれに基づいた取り組みが支援の現場に即したものになるように精査した。最終的には、全国の先駆的な取り組みを行っている5事業所を対象にインタビュー調査結果もふまえて、B型事業所におけるディーセント・ワークを具体的な事例を示しながら説明し、各事業所が現在行っている就労支援を見直すきっかけとなるようなガイドライン、ワークブック、チェックリストを作成した。

研修概要はこちら研修後のアンケート結果はこちらワークブック・チェックリストはこちら

委員会メンバー

委員(五十音順、敬称略)◎が委員長

氏名 所属
朝日 雅也 埼玉県立大学 保健医療福祉学部 教授
中尾 文香 株式会社テミル プロジェクトマネジャー
中島 隆信 慶応義塾大学 商学部 教授
船谷 博生 株式会社テミル 代表取締役
松上 利男 ◎ 社会福祉法人北摂杉の子会 常務理事
吉野 智和 特定非営利活動法人エクスクラメーションスタイル 理事長
筒井  啓介(事務局兼) 特定非営利活動法人コミュニティワークス 理事長

委員会の実施日は、下記の通りである。なお、委員会の開催は4回であるが、事業全般のこと、調査票の作成や研修の実施、ガイドライン、ワークブック等の作成に向けて、適宜メールや電話でご意見をうかがった。

委員会の実施

  日時 主要議題・調査目的
第1回委員会 2013年7月31日 ・各委員の紹介
・B型事業所を対象とした全国調査の内容についての検討
・研修事業について(目的、内容、成果等の確認と検討)
・今後の委員会開催の日程調整
第2回委員会 2013年9月19日 ・B型事業所と利用者の家族を対象とした全国調査の方法と内容の検討
本調査(質問紙) 2013年12月2日~12月25日
(但し有効回答は、分析を始める1月31日までに回収されたものも含む)
B型事業所の所長とそこを利用するご家族を対象とした全国調査
第3回委員会 2014年1月29日 ・全国調査の集計結果報告
・B型事業所におけるディーセント・ワーク研修事業についての検討
・今後の委員会開催の日程調整
研修
(東京と大阪で1回ずつ)
東京 (2月14日)
大阪 (2月19日)
・全国調査結果報告
・B型事業所におけるディーセント・ワークのアンケート
・B型事業所のディーセント・ワークについて知る・考える研修の実施
第4回委員会 2014年3月13日 ・研修事業の結果報告
・B型事業所のディーセント・ワークについてのガイドライン・ワークブック等の内容検討
・今後の課題

事業の成果と課題

無作為抽出した1,000のB型事業所の所長(1000名)及びそこを利用する利用者のご家族(2000名)それぞれにアンケート調査(計3,000名対象)を行った。調査の大項目は、【各々の多様性が尊重され、個人の尊厳が守られている】【家族も含めて、社会保障や福祉サービスなど必要な保障やサービスが受けられる】【働く環境が安全・安心である】【生産的な仕事(働きたい仕事)ができ、働きがいや働く喜びが得られる】【一生懸命働いた対価として、正当な給料(工賃)がもらえる】【質の高い教育や訓練を受ける機会があり、キャリアアップが目指せる】【働くことを通して社会参加できる】の7つに加えて、【法人の理念やビジョンについて】【障がい者の支援について】【障がい者の自立について】【職員の育成について】【付加価値のあるサービス、だからこそできる仕事やものづくりの考え】の5つとした。
ほとんどの設問において、「あてはまる(5点)」「ややあてはまる(4点)」「どちらとも言えない(3点)」「あまりあてはまらない(2点)」「あてはまらない(1点)」の5つから1つを選択して回答(5件法)してもらった。回収率(有効回答率)は、所長409件(40.9%)、家族523件(26.2%)であり、本事業に高い関心があるとうかがえる。
各大項目の平均点(5点満点)は、以下の表のとおりである。

大項目 平均値
各々の多様性が尊重され、個人の尊厳が守られている 4.22
家族も含めて、社会保障や福祉サービスなど,必要な保障やサービスが受けられる 4.06
働く環境が安全・安心である 4.36
生産的な仕事(働きたい仕事)ができ、働きがいや働く喜びが得られる 4.08
一生懸命働いた対価として、正当な給料(工賃)がもらえる 3.88
質の高い教育や訓練を受ける機会があり、キャリアアップが目指せる 3.59
働くことを通して社会参加できる 3.47
法人の理念やビジョンについて 3.42
障がい者の支援について 3.58
障がい者の自立について 4.01
職員の育成について 3.58
付加価値のあるサービス、だからこそできる仕事やものづくりの考え 3.74

「働く環境が安全・安心である」、「多様性が尊重され、個人の尊厳が守られている」という項目は非常に高い点数となっている。一方、工賃、キャリアアップ、社会参加、法人の理念やビジョン、支援、職員の育成、付加価値のあるサービス・だからこそできるの仕事やものづくりの考えは点数が低めであった。しかしながら、すべての項目において、B型事業所の所長はある程度高い点数をつけており、事業所はディーセント・ワークに向けた支援をしていると考えていることが分かった。

設問 対象者 回答者(人) 平均値
1 障がい者の役割があるか 所長 408 4.12
家族 507 4.15
2 認められ褒められる環境があるか 所長 407 4.16
家族 505 4.15
3 仕事が価値があり、誇れるか 所長 406 4.17
家族 500 3.86
4 障がい者の適する働き方を知っているか 所長 407 4.2
家族 506 3.95
5 障がい者同士のフォローがあるか 所長 406 3.93
家族 497 3.74
6 仕事は厳しいが働く喜びもあると伝えているか 所長 407 4.16
家族 504 3.91
7 障がい者の仕事が何につながるか説明・見学の機会があるか 所長 407 3.88
家族 506 3.71
8 障がい者が組織の一員として役に立っていると感じられるか 所長 406 3.84
家族 506 3.89
9 障がい者の仕事の成果等が工賃に繋がっていることを皆で共有 所長 407 4.45
家族 506 4.14
10 障がい者の生活面と仕事面の関係を認識しているか 所長 405 4.16
家族 502 3.71
11 重度の障がい者が関われるよう工程を細分化しているか 所長 406 3.99
家族 489 3.79

一方、そこを利用する家族には、B型事業所で最も大切なものの1つと考えられる「生産的な仕事(働きたい仕事)ができ、働きがいや働く喜びが得られること」の項目について同様の質問を行ったところ、ほどんどの設問において所長よりも点数が低い結果となった。8つの設問の平均点において、所長と家族を比較すると統計的に差が見られた。

これらの結果から、委員会で想定していた仮説「現段階において、B型事業所のディーセント・ワークはまだ未達成であるところが多い」ということについては検証されなかったということになる。しかし、インタビュー調査や家族の調査の結果、現在の支援現場の状況を鑑みると、現段階においては、ディーセント・ワークが達成されているとは言い難く、利用者を「保護の対象」から「権利の主体者」として支援するという軸の転換がなされていないのではないかという議論が展開された。そこで、ディーセント・ワークに向けた支援について具体例を交えながら分かりやすく説明する必要があること、それぞれのB型事業所が実施している支援をもう一度ディーセント・ワークという視点から見直すきっかけが必要であることが、委員会で議論された。
このようなことをふまえて、東京と大阪の研修では、ディーセント・ワークとは何か、B型事業所のディーセント・ワークの根本である「働く権利の主体者」とはどういうことなのか、ディーセント・ワークを事業所のマネジメントや支援に活かすために、いうことを中心として、受講者と共にB型事業所のディーセント・ワークについて考える機会となるような研修内容が完成した。
研修の受講者は、東京会場と大阪会場合わせて約300名となり、受講後の受講者アンケートから92.6%が「満足する」という 非常に大きな成果を得ることができた。「利用者を『働く権利の主体者』として考える」「失敗をする権利もある」「工賃の向上は目的ではなく方法の1つであり、支援の一部である」等といった講師の言葉が心に残ったという回答が多数あり、「ディーセント・ワークを目指していかなければならない」という自由記述も多く見られた。ディーセント・ワークという考えは、多くの受講者に入りやすかったのではないかと考えられる。

課題

研修では、ディーセント・ワークを支援の現場に活かすにはどのようにすればよいのかという要望も多かったので、それを解決するための1つの方法として、最終成果物であるガイドライン、ワークブック等では支援の事例を多数掲載することとした。また、研修の受講希望者が想定よりも多かったため、会場が非常に狭くなってしまった。今後は会場等を検討し、受講者が余裕を持って受講できるようにしたい。

今後の課題(新たなニーズ)

具体的な支援方法(事例)と共に、ディーセント・ワークという考えがあるということを広く周知する必要があると考える。また、障がい者就労のディーセント・ワークについては、まだ定まっているものではないので、様々な分野の方と共に、更なる議論を深めなければならない。

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